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2016年10月10日月曜日

みっちりと楽しくお役立ちの自力出版講座(でした)

全3回シリーズの自力出版講座がワンクール終了したので、そのレポートです。
月に3回を目安に、2時間ずつ、ネットミーティングシステムを利用してオンラインで開催しました。

リアル参加の人もいたんですが、結局自分のラップトップを持ってきてもらって、画面を見ながらやるので、リアルでもオンラインでもあまり差異はありません。
基本的に、私が自分のラップトップの画面をほかの人にも「screen share」という機能を使って見てもらいながら進めます。
ほかの人の画面をシェアしてもらうこともあります。

私のコンピューターにはiPadもつながっていて、そちらにペンで文字を手書きして、ホワイトボードのように参加者のみなさんに見てもらうこともあります。
いずれにしても、いろいろと便利になったものです!

これだと遠方の人も参加できるし、近所でも自宅にいながらにして、洗濯機を回しなからとか、赤ちゃんの面倒を見ながらとか、気楽に参加できますね。

ところで、自力出版は自費出版とはちがいます。
自力出版では事前に自費でまとまった資金を用意する必要はありません。
必要なのはコンテンツ=原稿のみです。
コンテンツはテキストでも写真でもイラストでも、紙に印刷できるものならなんでもいいです。
またその分量も、たった一枚の原稿から、何百ページにわたるような大長編でも大丈夫です。

自力出版では、まず、電子書籍として体裁をととのえてそれを配信販売した上で、必要なら紙本もオンデマンド印刷で必要な部数だけ入手する、という手順を踏みます。

自力出版講座の内容のあらましはつぎのとおりです。

1日目
⇒ 個人出版の現状とやり方の概要解説
⇒ Kindle作者登録
⇒ 電子&紙本製作サイト登録
⇒ 原稿チェック
2日目
⇒ 修正原稿チェック
⇒ オンライン編集の実習
⇒ ネット流通のノウハウ(ブログ、ツイッター、FBなど、広告など)
3日目
⇒ オンライン画面チェック
⇒ 紙本設定から発注までの実習
⇒ 自力出版で収益をあげるためのノウハウ解説

参加者のひとりの春野さんが感想をフェイスブックに書いてくれたので、抜粋して紹介させていただきます。

――――――
水城さんの「自力出版講座」第3回最終回を終えた。

電子書籍による自費出版ならぬ自力出版のノウハウを、実際にダミー本を作りながら、ていねいに教えてもらって、気分は編集者!

水城さんがコツコツと一人苦労して作品を世に出しながら見つけた落とし穴の回避や抜け方を伝授してもらえるお得な企画だった上に、カニクリーム・スパゲティとスープのディナー付き
――――――

えっと、講座にかならずディナーがついているわけではありません、あしからず(笑)。

(演出・水城ゆう)

 

自力出版講座、全3回@オンライン(10.17/24/31)
自作の出版を、既存の出版社から独立出版へと完全移行した水城ゆうが、そのノウハウを全3回でシェアします。ネット会議システムを利用したオンライン講座なので、どなたも居ながらにして参加できます。10月17(月)/24(月)/31(月)、いずれも19時から2時間。

2016年9月23日金曜日

朗読まつりは楽しかった

dsc023969月19日の敬老の日は、下北沢の北沢二丁目区民集会所で「朗読音読群読まつり」を開催しました。
内容はワークショップで、午前10時から午後8時までかなり詰めこんだ内容でしたが、「まつり」と呼ぶにふさわしい楽しい集まりになりました。

「いまここ」を意識しながら、それぞれのワークに集中してもらったので、夜に終わったときにはほぼ全員が、「午前中になにをやったのかまるで忘れてしまった」という状態になっていました。
とはいえ、午前中のみの参加の方もいましたし、午前中は午前中で充実した内容だったと思いますよ。

午前中になにをやったかというと、まずは現代朗読のかんがえかたについての座学をすこし。
それを受けて、朗読という身体表現における「運動」や「身体」と声、呼吸の関係を実際にたしかめてみるべく、ペアになったり輪になったりしてのワークをいくつかと、呼吸法、発声へと進みました。

午前中に使ったテキストは宮沢賢治の「原体剣舞連」。
これを輪読したり、群読したり、身体を動かしながら読んだり、声と身体のつながり、身体のまとまりのワークなどをおこないました。

午前中の最後は、表現の場における共感的コミュニケーションの強力な働きについて、とくに自分を守るために、そして表現の純粋さを確保するために、どのようにもちいればいいかについて解説したり、ちょっとしたワークをおこなったり。

昼食は雨降りということもあって、すぐ近所のインドカレー屋にみんなでなだれこみました。
みなさん、感覚がじゅうぶんにひらいていきいきとしているせいか、まあにぎやかなこと。
店のインド人もあきれ顔(ひょっとして迷惑顔?)でした。

午前だけの参加の方とはここでお別れ。
ランチ後は午後の部がスタートしました。

午後は夏目漱石の「坊っちゃん」をテキストに使いながら、個別の朗読を試したり、それを受けてさまざまなワークをやったり、最後には参加者全員で群読パフォーマンスを作りあげることを試みたり。
結局、群読パフォーマンスはあれよあれよと3種類もできたので、それを観客に見立たビデオに向かっておこない、最後にみんなで鑑賞しました。
これが楽しかったんですよね。

長時間にわたりお付き合いいただいたみなさん、お疲れ様でした。
そしてご参加、ありがとうございました。
また「まつり」はやりたいと思っています。
いまのところ、いつになるかまだわかりませんが、開催のご要望があれば遠慮なくお知らせください。

(演出:水城ゆう)

10月開催:朗読生活のススメ「朗読本の世界」編全3回(10.8/15/22)
すべての人が表現者へと進化し、人生をすばらしくするために現代朗読がお送りする、3回完結の講座です。2016年10月は「朗読本の世界」というテーマで8日/15日/22日の3回、それぞれ土曜日の午後6時半から、世田谷区内某所にて開催します。

2016年9月14日水曜日

楽しい瞑想とマインドフル表現

「瞑想」や「マインドフルネス」がもてはやされていて、その定義もさまざまですが、私がおこなっているものは一貫して、
「思考を手放し、いまこの瞬間の自分自身とまわりの世界とつながっている(認識する)状態の持続」
を意味しています。
いわば「目が覚めている」状態といってもいいでしょう。

もともと音楽演奏や朗読表現のライブクオリティをいかに詰めていくかという過程で、これらの有効性(というより必要性)に気づいたわけですが、現代人がいかにそのことが苦手になってしまっているか、そのための練習が必要になっているのかがわかってきたとき、かなり愕然としたものです。

さまざまな書物を読んだり、話を聞いたり、実際にマインドフルネスや瞑想の会をさまざまに体験して、私なりのアプローチをさぐってきました。
私にとってももっとも幸いだったのは、現代朗読協会の仲間たちがいつもいて、十年以上にわたって私の試みに付き合ってくれたということです。
いわば実証実験の場を確保できていたわけです。

先日は短時間ではありますが、あらためて座禅を体験する機会がありました。
そのとき感じたのは、私がさぐってきたアプローチは本質からはずれておらず、しかも現代的な手法もうまく取りこめていて現代人にも有用な方法になっている、という確信に近いものです。

冒頭に書いたように、いまこのようなことが必要とされているがゆえにもてはやされ、一種のブームのようになっている観すらありますが、そのなかで私がもっとも注意をはらってきたのは、それらの「流れ」に乗ってしまうのではなく、本質的な方向性を見失わなわずに、その上で自分なりの工夫を試してみる、ということでした。
それがいま、音楽瞑想やディープリスニング、ソニック・メディテーションや音読・群読のワーク、音読療法に生かされ、結実しています。
なにより私自身がそれでたすかっています。

現代生活をいとなんでいる人がわざわざ時間と場所を確保してじっくり座る(座禅をおおこなう)ことは大変ですが、本質的におなじ練習と体験をめざすことができるのが、私がおこなっている各種のワークだとみなさんにおすすめできます。

この連休の9月18日(日)と19日(月/敬老の日)は、音楽瞑想のワークと、音読・群読をもちいた表現のワークを、それぞれ用意しています。
どちらも上記のような、いまこの瞬間の自分自身が目覚めていることをめざすワークで、爽快なリフレッシュ体験もしていただけるのではないかと思っています。
いまのところ、いずれも参加者はとても少人数なので、みなさんどうぞ気軽にご参加ください。

(演出・水城ゆう)

音楽瞑想ワークショップ@明大前キッドギャラリー(9.18)
ここ数年「音楽瞑想」として結実させたワークを、よりわかりやすく楽しめる形でみなさんとシェアします。深く自分自身の身体とこころにつながる体験を提供します。年内閉館が決まった明大前キッド・アイラックにて。

音楽瞑想コンサート@明大前キッドギャラリー(9.18)
ともに深く、音、静寂、ピアノの即興演奏、そして空間とご自分の存在そのものをあじわうこと。ご来場いただいたみなさんにある種の「体験」を提供する試みです。17時半開場、18時スタート。

朗読音読群読まつり@下北沢(9.19)
9月19日(月/敬老の日)に下北沢で「現代朗読のいま」をすべて詰めこんだライブ付き一日ワークショップを開催します。群読エチュードや音読療法も体験できます。通し参加も部分参加も歓迎。

2016年7月14日木曜日

みんなの現代朗読

そのすこし前から活動はおこなっていましたが、現代朗読協会が正式にNPO法人として都から認可されたのは二〇〇六年三月のことでした。
そのときは豪徳寺の酒屋の地下室を活動拠点としていて、その三月には港区の小ホールで旗揚げ公演「おくのほそ道異聞」をおこなったのです。

名称こそ現代朗読となっていましたが、そのときにはまだ現代朗読の方法がまだまだ確立されておらず、真髄となるコンセプトも未成熟でした。
なので、寄せあつめメンバーによる公演の準備は、現在ではかんがえられない旧来然としたガチガチの稽古方法で、チームビルディングも暴力的なものでした。

おかげで、公演が終わってからメンバーがほぼ半減し、かなりボロボロの状態からのスタートとなったのですが、それはかえってよかったかもしれないといまは思えます。
なにかがうまくいっていないとき、そこにいづらい人を無理につなぎとめておいてもいいことは起こらないし、本当にその場を必要としていてみずから協力してくれる人しか残らないからです。

その後、現代朗読の方法やコンセプトは何年かかけて成熟していき、参加する人もそれを理解し、おもしろがってくれる人が中心になりました。
二〇一三年夏に「キッズ・イン・ザ・ダーク――夏と私」という公演をキッド・アイラック・アート・ホールでおこない、現代朗読という表現の明確な形のひとつを提示できたのではないかと思います。

以後、なかなかメンバーがそろわず、大きな公演を成立させるにはいたっていませんが、現代朗読というまったくあたらしい朗読表現のアプローチを示せたことは、大きな成果だと思っています。
朗読といっていますが、ひょっとして朗読という形式を借りた身体表現のなにかといえるものかもしれません。

法人認可からちょうど十年、私はこの協会が主催する講座、ワークショップ、ライブ、公演のすべてにかかわって、主宰してきました。
そしていま、ここに、現代朗読についてのすべての考え方、方法論を提示しました。
なので、いま私がやりたいのは、実演し、さらに深めていく人たちにそれを手渡し、発展させてもらうことです。

満十年が経過したいま、私は自分に「おつかれさま」といい、主宰をリタイアすることにしました。
といっても、現代朗読協会がなくなるわけではありません。
今後も関わりつづけるでしょう。
一個人としての演出家、ピアニスト、作家として。
もとめられればよろこんでサポートさせていただきます。

そしてもし可能なら、東京都心部を中心におこなわれていた現代朗読の活動が、より広範囲に、遠隔の地まで広まっていってくれることを願っています。
その際には身軽に、よろこんで、馳せ参じるつもりです。
みなさんからのお声がけを心待ちにしています。

(主宰・水城ゆう)

2015年11月8日日曜日

墨田区の小学校で音読授業をおこなってきた

IMG_1364昨日は午前中に墨田区立第三寺島小学校まで行って音読授業をおこなってきた。
メンバーは音読療法士の野々宮卯妙と音読トレーナーの松原あけみ、そして私(←無資格)。
対象は一年生二クラス、計45名。

現代朗読協会は縁があって墨田区の教育支援ネットワークの協力団体として登録していて、年に何回かこのような出張授業の依頼がある。
子どもたちと関われるのはとても楽しい。
内容はどちらかというと、現代朗読というより音読療法のもので、昨日もおこなったのは聴覚覚醒のためのサウンド・エデュケーションのプログラムと、声と身体を使った音読エチュード。

いやー、かわいかったなー、楽しかったなー。
もらえた時間が一時限だけだったので、あっという間にすぎてしまって、もっともっとやっていたかった。
子どもたちもとっても元気で、先生方は大変そうだったが、鼓膜が破れるかと思うくらいの元気な声が聞けて私はうれしかった。

数年前まで世田谷区内の小中学校にもワークショップやミニ公演に行く機会が多かったのだが、これは世田谷文学館との共同プログラムとしておこなっていた。
最近、声がかからなくなったのでちょっと寂しい。
せっかく世田谷区に活動拠点があるので、墨田区のように世田谷区とも教育支援の協力関係を持ちたいのだが、世田谷区にもそのようなプログラムはあるのだろうか。
どなたかご存知の方がいたら教えてください。

2015年7月31日金曜日

オーディオブックコース全10回終了

スクリーンショット 2015-07-30 22.38.495月にスタートしたオーディオブック収録製作コースの今期全10回が、この木曜日で終わった。
参加者は毎回4、5名と少人数で、その分、充実した10回だったのではないかと感じている。

最終回は、夜になっても羽根木の家が蒸し暑く、ちょっとゆるい感じで基礎トレーニングをひととおりやったあと、簡易スタジオにそれぞれはいってもらって収録実習。

対面で読みを聴くのと、録音したものを聴くのとでは、全然印象がちがう。
それも当然で、いわば自分の部屋を肉眼でながめるのと、いったん写真に撮ってそれを観察するのくらいちがう。
録音したものは音声がすみからすみまでフラットに聞こえるので、客観的になれるのだ。
そしてそこには、朗読者の全存在が乗っかっている。
音声を聴けば、読み手のありよう、心理状態、たくらみ、すべてのことが手に取るようにわかる。

というようなことを、みんなであらためて確認し、基礎トレーニングの重要性を再確認したのだった。

じつをいうと、基礎トレーニングや現代朗読のエチュードに対して、最初は疑念を持つ者が多い。
「こんなことやってなんかなるの?」
「こんなんで朗読がうまくなったりする?」
そして、私がいっていることも半分も理解できないらしい。

スクリーンショット_2015-07-30_22_37_40それはそうだろう、朗読教室や講座や養成所で使われているのとはまったく異なる言語体系なので、最初はなにをいっているのかさっぱりわからないと思う。
しかし、この言語体系でしか伝えられないことがあるので、やむをえない。

私が3年前に韓氏意拳をはじめたときもそうだった。
教練がなにをいっているのか、さっぱりわからなかった。
そして自分がなにをどうすればいいのか、途方にくれてしまったものだ。
しかし、自分の理解できないその向こう側には「なにかある」という直感があり、食いついていった。
すると、すこしずつ言語が身体にはいってくるようになった。

現代朗読もそうで、わけがわからないといって遠ざけたり、去っていってしまう人も多いなか、食いついてくる人もいる。
そういう人たちがこの木曜日まで残っていたわけだが、とくにゼミ生になって食いついてきた人たちの表現クオリティの向上のめざましさといったら、それはすばらしいのだ。
もちろん、人それぞれのペースはあるし、理解と練習の深さも異なるのだが、方向性さえ見つけられたらあとは自分でやれることだ。

いずれにしても、「いまここ」や「ライブ感」を重視している現代朗読だが、収録も楽しいよね、という話になり、次期の全10回コースも楽しみなのだ。
あたらしく参加する人もいる。
また、定員にはまだまだ余裕があるので、興味がある方は申し込みしていただくか、気がかりなことがあれば遠慮なく問い合わせてみてほしい。

(現代朗読協会主宰・水城ゆう)

※次期オーディオブック収録製作コース全10回は、8月6日(木)夜にスタートします。詳細はこちら

2015年7月13日月曜日

「沈黙[朗読X音楽]瞑想」6月の感想

11665491_441010769393627_8727849259987751533_n先月6月26日夜にキッド・アイラック・アート・ホールのギャラリースペースで開催した「沈黙[朗読X音楽]瞑想」の来場者からいただいた感想を紹介します。
みなさん、ありがとうございました。

◎前回に引き続き体験してみました。この度は二階で寛ごうと、迷わず階段を上がりました。床に直に座り、暗転後は頭を手すり側にして、仰向けでヨガの死体のポーズになってみました。
意識した呼吸をしてみたり、からだの中に音を響かせてみたり、指先から何かが入ってくるイメージを作ってみたら、どんどんピアノの音が浸入してくるようでした。
両腕だけを気ままに蠢かしていたら、とても心地よかったです。
(中略)
水城さんのピアノ、テキスト、卯妙さんの声と気配が積み重なっていき、しだいに声が無くなり、音が濁流みたいにやってきていなくなっていく頃、「ああ、どうしようもない物事をただ受け入れる勇気があるんだな」と感じました。

◎今日は、出来るだけ動いてみました。朗読もピアノも身体にじんわりと染み込んで来ました。色々な姿勢で受け取る音の感じが中々面白かったです。
真っ暗な中でのピアノの演奏は、まず草原が浮かび、次に草藪から飛び立つ雲雀が浮かび、1羽だった雲雀がどんどん増えて行き、ある程度の高さをしばらく飛んでいたのが、凄い勢いで高く高く太陽に向かって飛んでいました。
卯妙さんの朗読は、ピアノにかき消されたと思ったら逆に朗読する声がピアノの音を逆にかき消したり、凄かったです。

◎卯妙さんの声に魅せられた。水城さんのピアノとの絶妙なコンビネーション。沈黙と朗読は共存できないと思ったが、見事に融合していた。刺激的な空間だった。

◎雨音が遠慮しないからライブ
コツンとヒールの踵が
鳴ってしまったからライブ
ドアが開いて闇が壊れるからライブ
邪魔されても邪魔にしないのがライブ
赦されることが解放になるからライブ
たとえ怒ってもきっと面白いからライブ
……と思ったのでした。
朗読とピアノと闇を初めて体験しました。

◎一種の緊迫感と不思議な静けさが混ざり合った朗読と、それに寄り添うようなピアノの音が創り出した空間の中に放り込まれてあっという間に過ぎさった1時間でした。中二階という多層的な空間を持つ会場の中で、万里さんのあるときは地響きのような、あるときは木霊の囁きのような声と水城さんの不協和音が奏でる空間との共鳴が織りなす命の一コマ。ストーリーを追うのではなく、そのコラボレーションを体験しつつも自分のストーリーとが自然にオーバーラップするという濃い時間が過ごせました。
最後に暗転となったとき、小さな時分、弟が急病のため母が私1人を置いて病院へ駆け込んだ時のことが蘇りました。ひとりぼっちで暗闇に取り残された孤独と不安…人が最奥に隠し持っている共通のもの。気が付くと頭上に、一点の灯りが小さな星のように灯っていました。唯一の希望のように。そうしたら、自分が、または同じ空間にいるであろう全ての観客と演者が、ともに呼吸しているのを感じました。

2015年6月15日月曜日

現代朗読協会入門

現代朗読入門「現代朗読入門」ではなくて「現代朗読協会入門」ね。

この5月、6月から、ぽつぽつとあたらしい人がコース受講をしていて、うれしく思っている。
その人たちから聞いた話、というより、いままで多くの人にさんざんいわれてきた話だが、現代朗読協会というものがとにかくわかりにくい、という。
どんなことをどのようにやっているのか、どういうふうに参加すれぱいいのか、体験講座を受けたあとはどうすればいいのか。

こちらとしてはかなり丁寧に、そのつど説明しているつもりだが、それでもわかりにくいのだそうだ。
そこで、簡単に図にしてみた。
これならわかりやすい?

図の左上からスタートしてください。
まずは体験講座か、ゼミやコースへの体験参加をしてみてください。
それを受けて、ゼミ生になるもよし、各コースに参加してみるもよし。
外部講師を招いての関連講座も単発であるので、それに参加してみるのもいいでしょう。

とにかくいろいろなことをやっていて、選択肢はたくさんあるので、とにかくまずは「羽根木の家に来てください」、ということですね。
築80年の古民家で、安心してくつろげる場所です。
ここでは「こうしてはいけない」「こうしなければならない」ということがほとんどない。
あやしいネットワークビジネスのような勧誘もなし、宗教も(変な意味の)スピリチュアルもなし。
現代朗読協会は、完全に独立した、どこのヒモ付きでもない、私たちの手だけでゼロから作りあげてきた、オリジナルの団体です。

(主宰・水城ゆう)

2015年5月26日火曜日

5月の「白楽ないと」ライブ@横浜白楽〈ビッチェズ・ブリュー〉(5.26)

横浜・白楽のジャズスポット〈ビッチェズ・ブリュー〉で、水城ゆうがさまざまなパフォーマーとコラボレートしておこなう即興ライブセッションのお知らせです。

2015年5月の開催は5月26日(火)となります。_2015_04_18_11_23_55_1_

魅力的なゲストプレーヤーも参加予定です(調整中)。

どなたも気楽にお越しください。

◎日時 2015年5月26日(火)19:30開場/20:00開演

◎場所 横浜・白楽〈ビッチェズ・ブリュー〉

横浜市神奈川区西神奈川3-152-1 プリーメニシャン・オータ101

東急東横線・白楽駅下車 徒歩5分

◎ミュージックチャージ 2,000円(1ドリンク付)

予約先:ビッチェズ・ブリュー 電話:090-8343-5621 (杉田直通)

または現代朗読協会お問い合わせ・予約フォーム からお問い合わせ内容を「公演・ライブご予約」を選び、メッセージ欄に「ビッチェズ・ブリュー」と明記してください。

(主宰 水城ゆう)

2015年5月2日土曜日

四茶げろきょオープンマイク、4月開催終わりました

無題04よんちゃ2015年4月29日、午後。
毎月恒例となった三軒茶屋のライブスペース〈四軒茶屋〉での現代朗読協会(げろきょ)主催のオープンマイクが、今月も開催された。

毎回宣言しているように、このオープンマイクは「批評」「批判」などのジャッジメントをいっさいおこなわず、お互いに共感的に受け取り合うことで、真に安心してのびやかに表現できる場を作ることを目的としている。
とはいえ、出演者は聴いてくれた人たちからなんらかのフィードバックは欲しいもので、そのための仕組みとして、「味覚フィードバックシート」を毎回準備している。
出演者は全員、オーディエンスの全員からそのフィードバックシートを受け取り、自分の表現がどのように受け取ってもらえたのか知ることができる。
しかし、そこには批評や批判はなく、安心して受け取ることができる、という仕組みだ。

いつも司会のサポートをしてくれている森沢幸と、進行を手伝ってくれている野々宮卯妙のふたりともが、やんごとない用事で参加できなかったので、サポートをげろきょのゼミ生の川崎満里菜(弱冠21歳)にお願いした。
これがなかなかユニークで、今回は独特の雰囲気になった。

オープンマイクのトップバッターは、弱冠22歳の朗読者にして老練な雰囲気を醸し出している飯干くん。
とても満里菜とほぼ同い年とは思えない。

二番手はげろきょゼミ生の福豆々子さん。
与謝野晶子のぶっとんだ童話を、生き生きと楽しそうに読んでくれた。

三番手は川崎実雪・満里菜の母娘による紙芝居。
これは前回3月の続編ということで、前回のあらすじ付きでおこなわれた。
私もいちおうメンバーの一員として、ピアノ演奏で参加。

四番手は、げろきょゼミ生のバンガードさん。
夏目漱石の名作『草枕』の冒頭を、「重心移動朗読」で読む。
重心移動朗読がなんなのか、興味がある人は、現代朗読協会の講座に体験参加してみてください。

五番手は黒猫さんと原口さんによる「黒猫のタンゴ」。
ピアノの黒猫さんがとっても不思議な譜面を使っていたので、あとで見せてもらったら、さらに謎が深まるばかりの不思議さだった。

つづいて黒猫さんひとりによるピアノ演奏。
ドビュッシーの「月の光」だったが、何年かぶりにひと前でピアノを弾くという黒猫さん。
上手・下手を超えて、曲への思いや真摯さが伝わってきて、少なくとも私は胸が熱くなった。
おふたりにはまた来てもらいたいな。

そのつぎは〈激団波平〉さんによる「ボイスダンス」のパフォーマンス。
私もピアノで参加。
「ボイスダンス」というのは私が勝手に付けさせてもらった名称なのだが、声とダンスを使った、しかも声というか言葉もダンスだというパフォーマンスは、オリジナリティが高くて、とても魅力的だった。
今後への可能性を感じさせてくれるものだった。

最後に、司会を手伝ってくれた満里菜といっしょにやろうとしたら、トイレに行きたいというので(笑)、私が一曲、ピアノを演奏することになった。
「お題を」と求めたら、「桜の三軒茶屋」と来たので(難しい!)、それで即興演奏。

演奏を終えたら、満里菜がもどっていたので、宮沢賢治の「黄色のトマト」を朗読してもらう。
ただし、普通に朗読するのではなく、ピアノの蓋のなかに頭を突っ込んで、弦の残響を生かしながら朗読する、いわば「グランドピアノ朗読」。
奇妙な方法だが、じつはこれまで何度かやってきていて、満里菜にもやってもらったら、あらたなオリジナリティが見えておもしろかった。

以上、これらの模様については、後日、あらためて、抜粋映像をYouTubeで配信する予定。
しばしお待ちを。

(現代朗読協会主宰 水城ゆう)

始まった基礎コースとライブコース(途中参加歓迎)

無題0502基礎今日から現代朗読協会の5月始まり「現代朗読基礎コース」と「朗読ライブ出演コース」がスタートした。
まだ始まったばかりなので、途中参加も可能。
興味がある方はどうぞご参加ください。

午前中は基礎コース、午後はライブコース。
いずれも「現代朗読」における「表現」とはなにかについて、基本的なことをまずしっかりと押さえるためのエチュードと講義をおこなった。

そもそも表現とはなんだろう、ということだ。
現代朗読において表現とは「自分自身のユニークさや独自性のいまこの瞬間のありようを他者に伝える行為」と定義している。
朗読はテキストを読みあげる形を取るが、テキストの内容を「伝達」する行為は、表現とはちがう。
わかりもしない作者の思いとか、読み手が勝手に決めつけている作品のテーマといった「思い込み/妄想」をオーディエンスに押しつけることでもない。
ただ正直に自分自信のいまこの瞬間のありようを、テキストを読むという行為を通じて表現するのが、現代朗読における表現である。

表現にも2種類あって、ひとつはプリペアド、つまり準備され、構築されたもの。
「このような形で伝えたい」という「設計」にもとづいて、それが再現できるように何度も練習し、準備する。
もうひとつは、インパロバイズド、つまり即興性であり、現在性である。

前者は設計し、計画し、準備して、それを表現の場に持ちこもうとするのだが、人間は生き物であり、毎日変化する。
一瞬としておなじ瞬間はない。
昨日準備したことを、今日おこなおうとしても、無理が生じる。
その無理を埋めようとして、さらに何度も練習して、構築を強化していくのだが、それをやればやるほど生き生きしたものから遠ざかっていく。
コンテンツとしては瑕疵のないものが完成するかもしれないが、表現行為としては死んでいるといわざるをえない。
商業コンテンツはしばしばそのような形を取る。

自分に正直に、誠実に表現しようとすると、準備されたものを手放し、いまこの瞬間の自分の生命活動に耳をすまし、それをよりどころとして表現していくしかない。
現代人はこういった感受性を決定的にうしなってしまっていることが多い。
それは、社会性を身につけてしまったゆえの結果である。

社会性は社会性として、それとは別に自分の生命活動に深く触れていく感受性を取りもどし、いまこの瞬間の生き生きした表現の喜びに踏みこんでいく必要がある。
一見、そちらはとても不確定で、薄暗く、見通しが悪くて、不安がよぎる。
しかし、いったんそちらに踏みこみ、自分自身の生命の声を聞くことができれば、逆にこれほどリアルな実存はないと実感できるだろう。
それができれば、他人からどんな批判を浴びせられようが、まったく気になるようなことはない。
ただ、自分自身でありつづければいいだけだとわかっているからだ。

すべての人はそれぞれユニークで貴重な存在だ。
しかし、ユニークさ・独自性と奇抜さはまったく別のものだ、という話もした。
ここも重要な観点だ。

概念としてことばをつらねると、抽象的で難解に聞こえるかもしれないが、実際にやることは具体的だ。
自分自身を繊細に緻密に見ながら、テキストを読んでみる。
気づくことが山のようにある。

基礎コースもライブコースも、全10回を通じて、深く深く自分の命そのものに接近し、触れていく。
途中から参加を希望する方や興味をお持ちの方は、現代朗読協会まで気軽にお問い合わせください。
問い合わせ窓口はこちら

(現代朗読協会主宰 水城ゆう)

2015年4月28日火曜日

レディ・ジェーンでののみずが蜂谷真紀さんと初ライブ

_2015_04_26_15_22_51_1_2015年4月25日、土曜日夜。
昨夜。
下北沢の老舗ライブバー〈レディ・ジェーン〉で、私・水城ゆうと現代朗読の野々宮卯妙、そしてボーカリストの蜂谷真紀さんが、初顔合わせとなるライブをおこなった。

真紀さんのお名前は以前から知っていたが、共演してみたいと思いはじめたのは、去年から私が白楽の〈ビッチェズ・ブリュー〉に出るようになってからだった。
真紀さんもビッチェズ・ブリューによく出ておられて、聴く機会があった。
ほかにも、こちらも私が毎月演っている〈キッド・アイラック・アート・ホール〉のギャラリー・スペースでパフォーマンスをされたりして、野々宮と三人でやらないかと声をかけさせていただいた。

レディ・ジェーンの大木さんにお願いしたら、三人でやらせてもらえることになった。
真紀さんはレディ・ジェーンもよく出ているということだった。

一度だけ羽根木の家で音出しをしてみたが、ほとんどなにも決めないまま、昨日を迎えた。
朗読テキストだけ決めた。
私が書いた『子どものころの七つの話』から、5話やることになった。

お客さんが少なくてちょっと寂しかったが、カルメン・マキさんが来てくれたのはうれしかったな。
マキさんとはひさしぶりにお会いできた。
ゼミ生の藤沢さんも、ママなのに遅い時間にもかかわらず来てくれて、ありがたかった。

ファーストステージの冒頭は私のピアノソロ。
2セットめは私と野々宮のデュオで『七つの話』から第二話。
3セットめは私と真紀さんの、朗読抜きのセッション。
でたらめ語みたいな音とも言葉ともつかぬ音声をあやつる真紀さん、そしてボイス、ボーカル、不思議な世界が広がっていく。
最後は三人でのセッション、『七つの話』から第三話。

休憩時間に来てくれた人たちと歓談。
ビールを飲みたくなるのをグッとがまんする。

セカンドステージの冒頭は真紀さんのソロパフォーマンスから。
2セットめは真紀さんと野々宮の、声のデュオセッションで、『七つの話』から第四話。
ここで長めのMCがはいって、虫やらミミズやらうんちの話やら、子ども時代の話で盛り上がる。
真紀さんも虫とかカエルとかが大好きな子どもだったらしい。
3セットめと最終セットは三人で、第5話と第六話を。

いやー、おもしろかったな。
来れなかった人は残念!

終わってからカルメン・マキさん、そしてオーナーの大木さんを交え、音楽話で盛りあがる。
大木さんからは私がまったく知らないミュージシャンの秘話をたくさん聞かせてもらって、おもしろかった。
結局、真紀さんの終電ギリギリの午前1時まで話しこんで、ようやく解散。
このメンバーでまたやりたいな。

(現代朗読協会主宰 水城ゆう)

2015年4月16日木曜日

蜂谷真紀さんとリハーサル、というか遊びました

来週25日(土)夜、下北沢の〈レディ・ジェーン〉でいつもの野々宮卯妙と私に、蜂谷真紀さんをゲストに迎えてのライブパフォーマンスをおこなう。

お名前だけは以前からうかがっていたのだが、昨年のなかごろから横浜白楽の〈ビッチェズ・ブリュー〉にちょくちょく行くようになって、そこにかなり頻繁に出ておられることを知った。

店主の杉田さんもかなり入れこんでおられるらしく、1週間全部蜂谷さんのライブという「セブンデーズ」というシリーズをやったりしていた。


そのとき私はうかがえなかったのだが、いつかライブに行ってみたいと思っていた。

そしたら、近所の明大前の〈キッド・アイラック・アート・ホール〉のギャラリー・スペースでダンスの木村由さんらとパフォーマンスをするという告知が目にはいってきて、たまたまその日あいていたので、飛びこみで行ってみた。

大変オリジナリティが高く、おもしろいパフォーマンスだったので、かなりインパクトがあった。


たまたまその翌日、ビッチェズ・ブリューでライブをされるということで、それもまたスケジュールがあいていたのでつづけて行ってみた。

ひとりのライブパフォーマンスはまたちがった感じで、しかも圧倒されるような密度の濃さで、いつかご一緒させていただきたい、とこちらからお願いした。

快諾してくれ、機会をうかがっていたところ、レディ・ジェーンのスケジュールが取れたので、今回ご一緒できることになった。



昨日はそのリハーサルというか打ち合わせのために、わざわざ羽根木の家までおいでいただくことができた。

鳥が大好きで、たくさん飼っていたこともあるし、いまも飼っている、そして野鳥も大好きという話やら、羽根木の家を気にいっていただけたことやらで、なごやかに話がはずみ、音出しもやってみた。


野々宮が朔太郎の「猫町」を読み、私がピアノを弾き、蜂谷さんが私の書いた「子どものころの七つの話」を読んだり声を出したりちいさな楽器を鳴らしたりと、即興でいろいろ遊んで楽しかった。

まさに音・ことば遊びというようなミーティングで、レディ・ジェーンでの本番当日もきっと、おもちゃ箱をひっくり返したようなセッションになるだろうと思われる。

きっと楽しくなるので、みなさん、ぜひいらしてください。

詳細はこちら


そして、明日夜は明大前で「沈黙[朗読X音楽]瞑想」です。

終演後のワイン歓談もお楽しみください。

詳細と申し込みはこちら


2015年4月7日火曜日

楽しい「修行」としての現代朗読

「修行」といっても宗教的なものではありません。

生活の質を向上させたいと思うとき、私たちはさまざまな練習をしたり、稽古に通ったり、訓練したりします。

これらを総称して「修行」といっておくことにします。

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私はいま、自分の「修行」のひとつとして、韓氏意拳という武術を稽古しています。

けっこうマニアックで、あまり知られておらず、習う人もまだまだ少ない武術ですが、自分の必要で毎月何度か稽古に通っていますし、自宅でも自主的に稽古しています。

また古民家の「羽根木の家」という活動拠点があるので、指導者を招いてそこでも毎月一日、講習会を開いています。


私のようなピアニスト・文筆家にとって、武術になんの必要性があるのか、と思われるかもしれませんが、いまや韓氏意拳の稽古をしないと「困る」というほど私にとって重要性を持っています。


一般的な武術は、中国拳法にしても空手にしても、剣道にしてもボクシングにしても、「型」や「所作」「やり方」「パターン」などを身につけると同時に、それらに必要な筋力やスピードを鍛える、という方法をとります。

しかし、韓氏意拳はそういう方法をとりません(まったくとらないわけではありませんが)。

韓氏意拳でもっとも重要なことは、自然本有の自分の身体の声に耳をかたむけるということで、たとえばある危機が迫ったときに自分の身体がそれにたいしてどのような「現れ方」をするのか、ということを見ます。

部分的に力を使ったり、型ややり方を用いたり、ということはしません。


ひとことで説明するのは難しいんですが、ようするに稽古でおこなうのは、徹頭徹尾、集注して自分の身体の声に耳を傾け、自分の体層の深くへと進入していく、ということです。

極度に集注したマインドフルネスの状態であり、言語思考を手放すという意味において一種の瞑想といってもいいかもしれません。


この稽古が、ピアノ演奏や朗読演出、そして文章書きにとても大きな(よい)影響をあたえてくれるのです。

仕事だけでなく、日常生活でも、料理したり掃除したり、歩いたり電車に乗ったり、といった場面でもよい影響があります。

おそらく、健康面でもよい影響があるでしょう。

韓氏意拳には「養生功」というものもありますし、中国では太極拳でわかるように、拳法を健康法のひとつとして用いるという流れがもともとありますね。


私の場合、自分の仕事や生活に影響をあたえる「修行」として韓氏意拳を用いているわけですが、韓氏意拳でなくてもいいと思います。

人はそれぞれ自分にあった修行法を見つければいいのです。

ピアノを弾くことが修行法だという人もいるでしょう。

あるいは読書だったり、呼吸法だったり、スケッチだったり、散歩だったり、ラジオ体操だったり、ヨガだったり、自転車だったり、テニスや水泳だったり、修行だとは思わなくても多くの人が自分の生活の質を向上させるためにいろいろなことに取りくんでいると思います。

「現代朗読」もそのようなことのひとつとしてありうるな、と最近思っています。


人はことばで高度なコミュニケーションをおこなう唯一の生き物です。

人にとってことばや声というのはとても重要かつ特別なものです。

赤ちゃんを見ていると、おかあさんがなにか話しかけたとき、そのことばの意味はわからないのに、懸命にその声に耳を傾けようとします。

自分のおかあさんの声を聞き、味わい、識別し、そこにふくまれる情報を受け取る練習をしているんですね。


そのように絶え間ない訓練を経て成長した我々は、人の声にたいして繊細な感受性を持っています。

だれかがなにかを話したとき、そのことばがしめす情報のみならず、声にふくまれる情報をも受け取り、無意識に分析しています。

だれかから「おはよう」と挨拶されたとき、その相手が機嫌がいいのか悪いのか、身体の調子がいいのか悪いのか、友好的なのか敵対的なのか、さまざまな情報を受け取って判断しています。


ある人がなにかを読みあげるとき(朗読するときといってもいいです)、その人の注意がただ文章の内容に向けられ、その内容を伝えようと口先だけ動かしているのと、自分の呼吸や姿勢や全体的ありようや、あるいは周囲のようすまで把握して読んでいるのとでは、伝わるものの質がまるでちがいます。

たとえば、自分の呼吸に目を向けてそれを把握しながらだれかと話してみてください。

そこに現れるコミュニケーションの質の違いに気づいてびっくりするかもしれません。


いきいきとしたコミュニケーションや表現行為では、過去を持ちこむこともまたいきいきさを阻害することになります。

練習したとおりに読もう、準備してきたとおりにやろう、あらかじめこういおうと用意してきたことを話す、といったことです。


朗読についていえば、読み方、間の取りかた、トーンの上げ下げ、リズムの変化にいたるまでびっしりとテキストに書きこみをして練習し、本番でもそれをそのとおりに再現しようとする人がいます。

そこにいきいきさはあるでしょうか。


人はたえず変化する動物です。

練習したことをなぞったり、あらかじめ決めたようにおこなおうとするのは、過去を現在に無理やり持ちこむ行為です。

過去の自分といまこの瞬間の自分とはちがいます。

流動的な変化のなかでもなおかつ自分自身の能力を発揮できるように稽古しておきたいのです。


現代朗読では、朗読という行為をとおして自分自身の身体性や感覚の変化を見ていきます。

韓氏意拳で、ある型やおこないをとおして本来の自分の身体を深く見ていくようなものです。

とくに朗読することが目的でない人でも、たとえば朝起きて、なにか読むものを手にとり、現代朗読のトレーニング法をもちいて自分自身の今日の感じ、ありよう、変化を緻密に感受することからスタートしたら、その日の生活の質はちょっとちがったものになるかもしれません。

また、だれかと話すとき、あるいはひと前で話す必要があるとき、現代朗読のトレーニングでつちかった体認やマインドフルネスをこころがけることができたら、コミュニケーションや表現の質はかなり変わってくるかもしれません。


すくなくとも私は、ピアノを演奏したり、ひと前で話したり、だれかと交流したり、といったときに韓氏意拳や現代朗読のトレーニングでつちかった体認・マインドフルネスというスキルが大変役に立っていることを感じるし、さらにそこを深めていきたいと思っています。


座禅やヨガは挫折したけれど、朗読トレーニングならとっつきやすくてつづけられるかもしれない、という人がたくさんいそうですね。


4月の現代朗読体験講座

朗読をはじめてみようと思っている方、すでにやっているけれど物足りなさや壁を感じている方、その他表現に興味のある方、まずは進化しつづける現代朗読を体験してみませんか。


(主宰 水城ゆう)


2015年4月5日日曜日

朗読ライブ出演コース、はじまった

今日の午後は「朗読ライブ出演コース」の1回めを開催した。

午後2時半から5時までの2時間半。


現代朗読のライブは、あらかじめ仕組まれたこと、準備されたこと、予定されたことを可能なかぎり手放して、「いまこの瞬間」の自分自身のいきいきとしたありようを表現することをめざす。

他人が書いたテキストを用いるけれど、それを表現の根拠とするのではなく、それに触発された自分自身の生々しい存在を表現する。

表現の主体はテキストではなく、あくまで朗読者自身だ。


今日はまず、朗読表現にあたってまずは把握しておきたい3つの要素「Body」「Brain」「Sensor」について解説した(ひさしぶり)。

それを押さえた上で、現代朗読の基礎トレーニングを緻密に、丁寧におこなった。


呼吸、身体、発声、体認。image

これらのことがエチュードの形で手順化されている。

緻密にやったおかげで、さまざまな気づきが参加者から出てきて興味深かった。


自分の身体の声や、自分が受け取っている情報に気づきながら朗読をおこなって表現者と、それらをシャットアウトして朗読している者との表現の質の違いは、容易に想像できるだけでなく、実際にも明らかだ。

現代朗読のエチュードは、朗読者だけでなく、いろいろな表現者にとっても気づきの多いものではないかと思う。

たとえば音楽家、舞踏家、小説家、美術家といった人たちにも。


◎5月スタートの朗読表現基礎コース

従来の朗読とはまったく異なったアプローチで驚きを呼んでいる「現代朗読」の考え方と方法を、全10回で基礎からじっくりと学ぶためのコースが、5月2日(土)からスタートします。


(主宰 水城ゆう)


2015年3月31日火曜日

現代朗読の新体制、4月からスタート!

2015-03-31-05-27 私が心血を注いできた現代朗読協会も、この4月から許認可を受けて10年めにはいります。

じつにさまざまなことがありました。

この成果についてはすでに一冊、本を書きましたが(現代朗読考――コンテンポラリーアートとしての朗読 )、現代朗読協会という表現の場の試行と成長についてもそれだけでもう一冊書けそうです。

いずれ書きたいと思ってます。


この4月から現代朗読のあたらしいコースがいくつかスタートします。

それについて、わかりやすいように簡単にまとめておきます。

参考にしていただければ幸いです。


まず、とにかくいま話題の、従来の朗読とはまったくアプローチの異なる、自分自身を表現するための/身体表現としての朗読を提唱している現代朗読を、まずは体験してみたい、あるいはその上でコースを選びたい、という方向けには、現代朗読体験講座がおすすめです。


4月の現代朗読体験講座

 4月3日(金)19:00開催です。


あたらしいコースは4種類がスタートします。

いずれも10回連続コースで、それぞれ各回の所用時間は2時間半です。


オーディオブック収録製作コース (アイ文庫主催/現代朗読協会協力)

ハイクオリティのオーディオブック(朗読本)を収録・製作・配信するためのノウハウを学び、トレーニングできる全10回のコース。4月2日(木)19:00スタートです。


朗読表現基礎コース

従来の朗読とはまったく異なったアプローチで驚きを呼んでいる「現代朗読」の考え方と方法を、全10回で基礎からじっくりと学ぶためのコース。4月4日(土)10:00スタートです。


朗読ライブ出演コース

数多くのライブ/公演の実績を生かし、すぐれた表現者を育成する目的で最初からライブ出演をめざすための実践的なコース。4月4日(土)14:30スタートです。


次世代作家養成コース

テキスト(文章/文字)を使った自己表現を研究するための全10回コース。4月12日(日)18:00スタートです。


すべて世田谷の羽根木の家(最寄駅は新代田)でおこないます。

次世代作家養成コースは小説や詩、エッセイなどを書くためのコースですが、とかく文字で自分を表現する機会が増えているネット時代に対応したブログやメール、SNSなどで自分を伝えるためのノウハウも扱います。

興味のある方はまずは体験講座に参加するか、協会まで直接、気軽にお問い合わせください。

(主宰・水城ゆう)


2015年3月8日日曜日

ひさしぶりの朗読体験講座

2015-03-07 12.28.18 ゼミへの体験参加を受け付けていたので、体験講座はしばらく休んでいたんですが、4月からの体制変更を受けて、昨日、ひさしぶりに開催しました。

にわか告知だったので参加者は少なかったんですが、それでもひさしぶりに楽しく現代朗読の基本を確認しながら、進めさせていただきました。


これまで朗読を含め表現活動はやったことがないという男性、「朗読とはどういうものだと思いますか?」という質問をしたところ、つぎのような答え。


本を読んで、その内容や作者の思いを聴いている人に伝える


たいていの人は朗読というとこのようにとらえています。

しかし、これはおかしな話で、本の内容を伝えるためなら、読むのは「その人」でなくてもいいのです。

「なぜあなたはこの本を読むのですか? あなたが読む理由はなんですか?」

すべての人に私が問いかける質問をしてみたところ(ひさしぶりの感じ)、彼はうーんとかんがえこんでしまいました。


論理的にかんがえ、詰めてみると、だれかがある本を読んで人に聴いてもらいたいというのは、「自分はこの本をどのように読むのか、聴いてもらいたい」ひいては「自分自身を伝えたい」ということがわかるのです。

朗読者は「自分は目立たないように、本の内容に寄り添うように」とか、いろいろかっこいいことをいいますが、それとてなにかのニーズがあってのことで、「自分が読みたいのだ」というところははずせません。


「作者の思いを伝える」というのも、傲慢なことです。

本当のところ、作者がなにを伝えたかったのは、それはたんなる想像や妄想、推測にすぎず、たしかなことはだれにも(作者自身にすら)いえないのです。

そういう不確かなものを、現代朗読では扱うことはしません。

現代朗読ではたしかなもの、つまりいまここにある自分自身というリアルな存在そのものを根拠として、表現をおこないます。


そういうことをひさしぶりに話したり、いろいろエチュードで試したりしたんですが、さすがにこれまで朗読の経験がないというまっさらな男性は、スポンジに水が染み入るようによく理解してくれたようでした。

いっしょに参加したゼミ生も、あらたに現代朗読のコンセプトを確認したり、新規参加の方とワークができて、とても新鮮な気持ちになれて楽しかった、と感想を聞かせてくれました。


(主宰・水城ゆう)


今月はもう一回、体験講座をやります(3月21日(土)午前)。

興味のある方はどうぞ気楽にいらしてください。

詳細と参加申し込みはこちら から。


2015年2月12日木曜日

朗読の朝ゼミ、カレー、オーディオブック訓練

IMG_0791 今日は朝から現代朗読のゼミ。

オーディオブックゼミだったが、ほかにもニーズがあったので柔軟に対応。

基礎トレーニングをみっちりやったあと、朗読テキストの扱い方や、半七捕物帳など時代小説のミニ知識を解説したり、実際の読みを聞かせてもらったり。


私たちのおこないは、朗読もふくめて、99パーセントが無意識に「やってしまっていること」あるいは「こうやらなきゃならないという思いこみにもとずいてやっていること」であり、かろうじて残り1パーセントが自覚的にやっていることにすぎないのだが、その1パーセントをもって自分が自分のおこないを「コントロールできている」という気分になっているところに驕りがある。

そこに気づき、謙虚に自分の声にならない声を聞くことに集中していくことで、ようやくすこし自分らしい表現が見えてくるのではないか、といったようなことを、検証しながらやってみる。

この、自分自身の声にならない声に集中することで、たとえば緊張してしまうこと、評価が気になってしまうこと、といった問題は自然に解決していく。


IMG_1930 唐ちゃんにバレンタインの前倒しでチョコレートをいただいた。

ありがたく(おいしく)いただく。

昼はみんなで東松原の〈アイキッチン〉に行き、カレーでランチ。


もどってきて、唐ちゃん、KAT、野々宮の3人でオーディオブックリーダーに有効な「高密度音読」の検証をしっかりとやる。

さまざまな問題が洗いだされてきて、それは世間的基準でいえばひとことで「めんどくさい」ことなのだが、そこに丁寧に向かいあっていくことで表現の質の向上や成長があり、よりそう私の側にもよろこびがある。

そう、めんどくさいことこそ大事だし、楽しいのだ。


(現代朗読協会主宰・水城ゆう)


※現代朗読協会ではゼミや講座など、どなたでも気楽に体験参加ができるように窓を開いています。来週の体験参加できるイベントはこちら


2015年1月26日月曜日

四茶げろきょオープンマイク、1月の会を開催

2015年1月25日、日曜日。 三軒茶屋のライブハウス〈四軒茶屋〉にて、お店とげろきょこと現代朗読協会が共催でオープンマイクイベントを開催した。 このイベントは今回で3回めとなった。 15時開場、16時開演ということで、

2014年12月29日月曜日

2014年最後のゼミ

一昨日12月27日(土)は羽根木の家で今年最後の現代朗読基礎ゼミを開催した。 いつものように、最初はゼミ生の近況や最近の気づきについて共感的に聞く。 この「共感的に聞く」というのは、表現を学ぶ場において非常に重要な態度だ